のぼり旗の思い出

のぼりに興味を持ちはじめたのは、私が子供の頃からと言えるのですが、よく街中に掲げられている「のぼり旗」を発見しては、親に何と読むのかと聞いていたらしく、執拗に質問をするので、正直なところ面倒だったと笑いながら言われたことがあります。

既に説明したように、のぼり旗は広告としての宣伝効果は非常に高く、立て掛けている店側からしたら意味のある事なのですが、子供が覚える言葉ではない「大売出し」とか「決算セール」など、適しているのか少しばかり悩んでしまいそうになります。

笑い話なのですが、子供は覚えるのが早くすぐに吸収しますので、親が話している会話も次の日には使っていることも有るのですが、電車の中にあるのぼりを見て、「飲み放題!」と叫んでいる子供の私に、親としては非常に恥ずかしかったと話しています。

また、神社などの参道に2本立てかけてある「のぼり旗」は、何のために使用されているのか気になったことはないでしょうか。

今さらですが調べてみたところ、「例大祭」という神社に縁のある日があるのですが、その神社にとって最も重要で大切な祭を告知するために使用されるのが一般的と言われていますが、通常の日でも大きなのぼりを掲げている神社は有りますけどね。

簡単に言いますと、イベントの告知だと思って頂ければ判りやすいと思いますし、現代ののぼり旗の使い方と変わらないのです。

それから、神社によっては年に1回だけ行われる祭りの為に、特大ののぼり旗を制作して立てているところもあり、その旗自体が祭りの目玉ともなっているようです。

のぼり旗というと、普段は街中などで店の宣伝広告として見ることが多いですが、戦国時代には敵味方を区別するために使われていたと言われており、のぼり旗の使い道というのは本当に多岐に渡っており、あなただけの特別な使い方してみましょう。

のぼり旗は深い

戦国時代のドラマや映画を見ていると、戦をする際にのぼり旗を背負いながら戦っているシーンを見ることもあるのですが、のぼり旗というのは旗というジャンルの1つでして、もともと中華人民共和国から渡ってきたようで、しかも魏の国から邪馬台国におくられてきたと言われていますが、これはあくまでも推測です。

邪馬台国というのはすごく古い時代の話であって、西暦200年前後ですので、その時代の資料や歴史というのは明確にはなっておらず、情報も少ないので正しいのかというと、実際は解明されていない部分ですので、正解とは言いがたいところではあります。

ただ、それが本当であれば何だか嬉しいですし、驚きの発見でもあります。

ただ、室町や平安時代くらいに使用されていたのは確かでして、実際に当時使用していた品物も出てきていますし、証拠となる物が揃っています。

現在、その中国から伝わってきた旗は応仁の乱の1467年頃と言われており、時を経て今のような「のぼり旗」の形に変化していったと言われています。

のぼり旗の別名は「乳付き旗」で、犬の乳のように行儀良く並んでいるからのようですが、いまではポールを通す輪の部分をチチと呼んでいます。